おいしいラピュタパンの作り方

ネットでいかにもおいしそうな写真が出回っているラピュタパンには作り方にコツがあって おいしく手を汚さず食べられるようになったのは最近の話だ。というか今朝。

どこにコツが必要かというと

 

「いかに食パンを黒焦げにせずに生卵を目玉焼きまでもっていくか」

に尽きる。

  1. オーブントースターにアルミホイルを敷く
  2. 食パンを置く
  3. 食パンのフチにマヨネーズで土手をつくる。この際耳ギリギリを攻める。卵もマヨネーズもかかっていないところから焦げていくため。
  4. 土手の内側に卵を割る
  5. ワット数のつまみなどがあれば強めでやる
  6. 見とく(ここ大事)
  7. 食パンの焦げの許せる範囲で止める
  8. 卵が固まっていなかった場合、弱めのワット数や上の電熱線だけでやる「あたため」とかに設定して、やる
  9. 塩コショーでもいいけどバジルや黒胡椒をふるとそれっぽい

それっぽいってわたしラピュタ観た事なかった。味がまとまっておいしい、くらいの意味。

卵が流出しないように築くマヨネーズの土手の酸味!!!!!

レシピの文章って難しい。クックパッドを見ていると「なんじゃこりゃ」というのがあるけど自分ではなかなか書けない。オレンジページのは簡潔でほれぼれした。山本ゆりなんかはくせになる。影響力が強い。

 

食べ物エッセイが好きでよく読む。

中学で朝の読書の時間があって、「こんな細切れの時間で何読め言うねん」と東海林さだおを読んでいたところまで遡る。叔父から譲り受けたのがたくさんあった。

東海林さだおは自分の顔を描くときオニギリみたいな唇を描くがわたしもだいたいあんな感じなので親近感がある。エッセイの中身も親近感でいっぱいだ。

最近図書館に平松洋子のがあって手を伸ばしてみたのだがドヤ感を強く感じて読み進められないでいる。

読み手に問題があるような気もする。何を感じ取ってしまっているのだろう。ドヤ感?

石井好子(オムレツの人)は昔話でも海外ネタでも暖かい気持ちで読めるので、題材の問題ではないらしい。 「クロワッサンという三日月型の揚げパン」「白菜の朝鮮づけ」時代!食生活の変化!!!!!

距離感や立ち位置、文体の問題のような気がする。 このへんのさじ加減はSNSやってると身に付くし、だからこそ気をつかうように要求してしまうのかもしれない。

今の時代ああいう文を書ける人は少ないのではないか、とか平松氏も若い頃から料理ブログをやったりしていたらまた違う文を書くようになっていたのではないかと思う。それがいいことか悪いことかは別にして。

というか余計なお世話だ。

とにかく「ウワ~、そんな事言ってたら叩かれるよ~」と言いながら叩く隙をうかがってしまうような、そんな気持ちになってしまうのだった。さもしい

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