13時すぎに新大宮駅に降り立ち、「洋食屋があるから」という彼氏の先導でレストランへ向かう。スマホを手にしているが、とくに画面は見せられなかった。日差しが強い。日なたと日陰で体感温度が全然違う。横断歩道の向こうから体操着に赤白帽をかぶった小学生と、その保護者が延々と歩いてくる。「もう帰ってきてる。1日中やってた記憶あるけど…」と言うと「暑いから午前中で終わる。暑いからダンスとかも練習できんから無し。」と教えてくれる。その割にはリュックがぱんぱんの子が多い。何が入っているのだろう。これは彼氏にもわからなかった。やがて看板にトトロらしき生き物の描かれたレストランポポロに到着。チェーン店ばかりで食事をとっている我々が意を決してドアを開けるが、階段が現れただけだった。民家とビルの間のような内装。階段を登るとシャンデリアだらけなのに薄暗いフロアに重厚感のある洋風のテーブルセットが無造作に配置されていた。先ほどの小学生らと同じ学校と思われる、体操着姿の児童が両親と席についている。ラミネート加工された白い札「喫煙は法令により禁止」が各テーブルに立てられていて目が釘付けになった。いらっしゃいませアルコール消毒お願いします、を久々に言われた。彼氏がボトルを持ってシュッと私の手にもかけてくれる。しっかり刷り込んで行儀の良い客だとアピール。これも久々だ。店員はそんなところに注目しないのにやってしまう。
日替わりランチが素晴らしかった。鯖の塩焼きに、手作りおかずの数々。ひじき煮、かぼちゃそぼろ煮、白和え。デザートはかぼちゃプリン(キウイが添えられている!し、ホワイトボードにもそう書いてあった)。彼氏はハンバーグプレート。5センチくらい厚みというか、高さがあった。「すごくお時間かかりますがよろしいですか?」新しいお客が来る度に念押しする。3回は耳にした。「今日の日替わりランチは揚げ物もありませんので時間差もつきます」。食べるのが遅いから大丈夫ですと答え、実際問題なかった。食べながら「足速かったっていうから、運動会とかチョロいよな」と足が遅かった人間の妬みを口にしたが、聞こえていないのかというくらい表情が変わらなかった。嫌な話の切り出し方で、気分を害したのかもしれない。言わなかったことにしてもよかったが、運動会の思い出話を聞きたくなり「そうでもないか」と続けると「うん」。とりあえずいつか聞いたとおり足は速かったが、特に話したいことはないらしい。「準備がいらなくてすぐ決着がつくから何かと走らせるし、走りが遅いとどうしようもない」という私の今更すぎる嘆きでちょっと表情が柔らかくなった。それで小学校三年生の時にやったデカパン競争の話をした。チームごとに一着ずつデカパンさえ用意すれば時間もとらず、見た目にも楽しい。男女一組で綿の巨大なズボンに片足ずつ入る。あまり体格差が出ないようにか、背の順で同じ番号の人と組むことになっていた。コーンの所で折り返して戻ってくる。ただそれだけ。二人三脚より簡単。息が合っていなくても転ばない。全速力を出さなくていい。わちゃわちゃしているうちに終わる。大きなズボンに二人で入っている姿が楽しい。はずなのだが、私は片足ずつ普通にズボンを穿いてしまったため男子スペースに侵入していたし、気付かずそのまま走ってしまった。写真でも見た覚えがある。とても恥ずかしい。
平城宮跡で餃子フェスとおいもフェスと大道芸コンテストとマイクロブタとのふれあいコーナーをやって常時シャボン玉が飛んで夜には花火も上がるというので見に行く。さきほどのランチでお腹がみちみちでもう何も食べられないが気持ちいい秋風を吸い込む。ふわふわ近づいてくるシャボン玉がメガネを直撃しないか気にしつつ散策。会場の端っこに長机とパイプ椅子のテーブルセットが並んでいたので腰掛ける。もう夕方なのにゴミひとつ、ソース一滴落ちていない。大道芸ステージではピンク色の髪に黒いメッシュのトップス、柄物スパッツ姿のシックな志茂田景樹のような人がこちらに背を向けて熱心にセッティングをしている。蛍光ピンク、黃、水色のバスケットボール3つを専用スタンドへ。ドリブルするとバスドラムやシンバルの音が出てくる仕組みで、スタンドのホルダーにはタブレットもセットされている。スピーカーからはキックの強いダンスミュージックが流れる。傍らで子供が踊りだす。お遊戯ではなく、ダンス教室で習うような系統を感じられる足取りだった。「ちょっとマニアックですが、危ないことは一切しません。バスケットボールを使った芸です。音楽も自作です」スピーカーごと振り返り、重低音にのせて「後ろから見てる方ももし、もしよければ前へお願いします。その場で盛り上がって下さっても嬉しいです」とこちらへ語りかけてくる。彼氏がパチパチと手を叩いて応える。「ああ!そこのお兄さんありがとうございます」危険なことをしないことが特色になっている。大道芸文化の成熟を感じた。高速ドリブル、ボールの重さを感じさせないジャグリング。そしてサウンドがかっこいい。
志茂田景樹の背中の手前に黒ずくめの男性があぐらをかいて控えている。耳のあたりで切りそろえられた黒髪マッシュが若々しい。傍らにはバトン。バスケットボール大道芸が終わってこの人の持ち時間が始まると椎名林檎「ギブス」が流れ出した!今、バトントワリングのBGMにギブスを選曲する理由は演者の趣味以外にそうそうないと思われる。演目に演者の趣味が垣間見えることの何がそんなに嬉しいのかよくわからない。(私がストリップに行くのもそのためだ。今、相対性理論を、バックホーンを、フジファブリックを、アルバムの中の曲を、90年代の曲を選曲するということ。)空高く投げ上げられたバトンは驚くほどの速さで最高地点に到達する。さすがマーチングから派生した競技だ。野外ならでは。演者が地上でターンするとさらさらの黒髪が軌跡をえがく。バトンが夕日をキラキラ反射しながら手元に戻ってくる。やがて日が沈み、競技用バトンはライトバトンに持ちかえられた。夕暮れ時にギブスでバトン!なんとも儚いステージで、バトントワリングのイメージが塗り替えられた。
平城宮跡を後にし、コメダ珈琲に寄って休憩したのち西大寺駅へ向かって歩いていると、夜風に乗って拡声器のカウントダウンが聞こえてきた。やった、今年も彼氏と花火が見られる。ドン…ドン…と一発ずつ上がるのを、見知らぬ老夫婦とおばあさんと眺める。老夫婦は近くの家から出てきたらしい。我々と老夫婦は歩道で、おばあさんは歩道のない対岸で。暗がりで危なっかしいが、あちらの方が近い。10分ちょっとで終わって解散した。