京都に行くのはどうにも腰が重い。一駅目から通勤定期券の範囲外に出てしまうからかもしれないし、観光客なり学生なり特定の集団に近鉄の小さなホームや車内を埋められてしまうからかもしれない。10分くらい遠回りになるが一度京橋に出て京都に入ることにする。京橋なら大阪と違って人混みに限度があり各グループの存在感も小さく、駅もホームも大きい。京阪に乗り換えるとうまい具合に快速特急「洛楽(らくらく)」がやってきて次は七条まで止まらないという。しかもなぜか空いていて座れる。車内で「図説 ドレスの下の歴史」を読んだ。
絵画から読み解く理想のオッパイの変遷。絵画で膨らんだりしぼんだりしたように、コルセットで締め上げたりブラジャーで吊り下げたりする。アメリカでブラジャーが定着してまだ100年くらい。どんなサイズであってもとりあえずそこから寄せて上げてボールドして乳首は浮かないようにすべきという規範は壊せる気がしてくる。
12時ごろ出町柳駅着。四条や三条で乗客が乗り込んできたのか、叡山電鉄から降りてきたのか、改札を出ると利用客がたくさんいた。ハイキングの格好をしている人も多い。白っぽい床の長い長い通路を通って京都大学側の出口へ。京大に通っていた人が京大近くのカレー屋について投稿していたのを思い出してツイッターで検索すると出てきたのでそこへ向かっている。こうしていいねもつけていない何年も前の投稿を引っ張り出すことがある。京大近くといっても農学部近くなので京大まる一つ分歩く。日曜日なので学生の姿はほぼ見えない。キャンパスに入るとまた違ったかもしれないが、方向がよくわからず入らなかった。12時半ごろ、sango着。入口横の小さなホワイトボードにインドが描かれていて、東インドを矢印で指し示してある。このホワイトボードは内容を変えたりするんだろうか。その横には「シーフード最高」の看板もあった。わかる〜。
ターリーを注文してブリカレーとイカのマスタードカレーを選んだ。カレーは10種類くらいから選べた。マトンターリーもあったしビリヤニもあった。ターリーの副菜がクッタクタでおいしい。マスタードカレーはあまりにもカラシでシャープな味わいだが、イカもナスも辛子酢味噌をつけて食べるよなと思いながら副菜を混ぜてなんとかする。食事を終えて店を出るとお香が炊かれていた。途中で店員が店内に私だけを残して外へ出たのはこのためだったのかもしれない。
また京大ひとつぶん歩いて出町柳駅へ戻り、同志社大学方向へ歩く。鴨川の上にはあらゆる種類の雲が浮かんでいた。わたぐも、すじぐも、うろこぐも。降りようか迷って河川敷に降りると、橋の下でひとりギターを弾いている人がいた。なぜか足元に鳩が集まっている。
13時半、寒梅館着。キャリアセンターと法科大学院の入るこのキャンパスがこんなに懐かしいのはなぜなのか。私の学部棟とサークル棟の間に位置していて、机と椅子と紙カップ式自動販売機があるこのスペースで、そういえばよく日記を書いていた。A5のルーズリーフに手書き。その頃はコピー機と区別がついていなかったが、輪転機でサークルチラシを刷ったりもした。授業とサークルの活動時間の間。ひとりで過ごした思い出の詰まった場所といえるかもしれない。今日は地下のクローバーホールでクィア映画の上映会「Queer Visions 2024」がある。このために京都に来た。どれもよかったが印象的な作品はこのふたつ。
□「シック・ポイント」(2003)
キックの強いダンスミュージックに乗ってランウェイを歩いてきたモデルがシャツの胸元から伸びる紐を引っ張ると、へそのあたりからロールスクリーンのようにクルクルと布が持ち上がって腹が露わになった。布は四角く切り取られていて、下腹部や脇腹はシャツの布がおりたままになっている。無表情にも物憂げにも見える、なんともいえない顔つきのモデル。その後も細工されたトップスを着たモデルが続々と歩いてくる。ハンガーがはめ込まれていてその形に肌を露出させていたり、襟が胃のあたりについていて首の穴があいていたり。シュールな光景に客席からクスクス笑いが漏れる。突如音楽が止んで、検問所でお腹を露出する男性の静止画が次々に表示される。「パレスチナ人が国境検問で日常的に受ける身体検査(プログラムより)を暗示」した服だったのだ。客席の空気が一気に冷えたのがわかった。
□ 「ただ通り過ぎるだけではなく」(1994)
急死した老婦人の蔵書、日記を散逸の危機から救う場面がスリリングだった。生前はレズビアンであることを家族に隠してレズビアン文学の本を集め、日記をつけていた。遺言書でカムアウト。家族はショックを受け競売にかけようとする。死の直前に相談を受けていたアーカイブセンター(詳細失念)が弁護士から連絡を受け、阻止しようとするがあまりにも遠方。老婦人の自宅付近の大学の女性学部に助けを求める。「女性学部にはレズビアンがいるはず」。ここで客席に今日いちばんの笑いが起こった。読みは当たり、トラックを持っているカップルが駆けつけタッチの差で運び出すことができた。「日記は読んではいけなかったのかも。でも、タイプライターで清書していたということは読んで欲しかったということなのでは」と語っていた。カップルの腕には交互に赤ん坊が抱かれ、ミルクを飲んでいる。