20241123

10時半ごろに瓢箪山駅に着いたと思う。11時になっていなかったから駅前の松屋で朝定食が食べられたのだ。490円だったか470円だったか、ソーセージエッグ定食(ソーセージエッグ、ご飯、味噌汁、漬け物、ミニ牛皿)を選んでお金を投入しても発券されず固まっていると後ろにいた彼氏が「まだ足りへん」と声をかけてくれた。10円玉をあるだけ入れて、途中で500円玉を入れた気がしていたのだが。食後、お冷やを入れてきてくれた彼氏がコップを倒したのでテーブルの一部と床が水浸しになった。服や椅子のシートは無事だった。テーブルはともかく床はどうしようか。こぼした当人は卓上に紙ナプキンを数枚置いたあとはスマホに目線を落としてひたすら私の食事が終わるのを待つ体勢に入ったようだ。テーブルはともかく床はどうしようか。トイレからトイレットペーパーを持ってこようか。しかしこの漬け物はゆずのいい香りがする。こんなにおいしかったのか。松屋の逸品、生野菜と漬け物。食後、トイレからトイレットペーパーとペーパータオルを持ってきて床の水をふき取った。

 

線路沿いの住宅街を山の方向へ歩く。またずれ荘を彷彿とさせるようなボロアパートがいくつもあり、ベッドタウンとして開発された当時の勢いを感じさせた。野焼きの煙が立ちこめる中、とんでもない傾斜の坂道をのぼっていく。登山口の手前に立派な郷土資料館があったが、閉館していた。昭和の公共施設が大好きなので、ぜひ入ってみたかったところだ。彼氏は小学校の遠足で来たことがあるという。

 

ここまで登山客らしき人を全く見ないが、本当にここから生駒山に上って、抜け出せるのだろうか。今年のレポートがいくつか見つかるので閉鎖はしていないはず。市の案内ページにも特記事項がないので、倒木とかもないはず。と言いながら客坊谷ハイキングコースへ入っていく。思いのほか細く険しい山道にひるみ、小さいけれども新しめの案内板が数百メートルおきに立っていてホッとし、「イノシシ注意」の看板に震える。彼氏の足が速い!前方から男女2人連れが歩いてきて、この日初めての登山客。すれ違えるかどうかがギリギリの道の細さ。すぐそこが斜面で、柵やロープはない。落ち葉が滑りそう。紅葉狩りのために山に来たが、足元しか見られない。

 

そういう道なのでちょっとした下り坂がめちゃくちゃ怖い。ちょっとバランスを崩したら谷底へ真っさかさまだろう。見えないが、下の方に沢があるのか水の流れる音が聞こえる。もうしゃがんで降りようか。手をつこうか。かろうじてそうしなかったが異様に時間がかかった。彼氏が坂を下りきったところで道ぞいの柵の向こうを眺めて待っている。ようやく追いついて横に並ぶと「イノシシ寝てる。」とつぶやく。「えっ!?」と大声を出してから、刺激を与えてこっちに突進してきたらどうしよう。つい先ほど「イノシシ注意」の看板を見たときに頭の中によぎった獰猛な大イノシシが再び頭の中に登場・・・する前に彼氏の目線の先に横たわる現実のイノシシを見つける。小さかった。中型犬くらいの大きさか。右半身はぬかるみにつかっていて、左前足と左後足をパタパタと動かす。やめて、しばらくするとまた動かす。どちらからともなく「出られへんのちゃうん」と言い合い、見ている間もイノシシはもがき続ける。彼氏の「助けてやらんと」が「なんか棒ないかな」になり、私が「えっ降りるん、自分が怪我するで」とか言っている間に「このままでは死んでしまう」と言いながら柵を乗り越えて斜面を降りていく。いつの間に見つけたのか、竹馬くらいの太さと長さの枝を2本持っている。あっという間にイノシシのもとへ行ってしまった。ぬかるみがどこまで広がっているか、落ち葉でよくわからない。一番近い丸太の上に立って枝をイノシシのほうへ伸ばし、てこの原理で引き上げようとするがうまくいかない。「うり坊をつつくんじゃなくて泥をよけたら?」登山道の上からそれっぽいことを言ってみる私。足場が悪くて泥をかきだすのも難しそうだ。「がんばれ、がんばれぃ」と声かけしながら枝を操っていた彼氏が「助けが来たぞ」と言いだす。「反響して人の声とか聞こえるけどこっちに歩いてきてる訳じゃない」と返していたが、何分かしたら本当に人が来た。情けないことに、連れ合いが柵を乗り越えて何かしているところをほかの登山客に見られたくないという気持ちがとても強かった。怒られたらどうしよう。やがて現れたのは60歳くらいの男性2人。なぜ年齢がわかるかというと、赤い上着を着た人が助太刀しようとしたときに、ヒモのついたサファリハットをかぶった人が「勘弁してくれよ~、もう行こうよ、俺たちはもう60なんだよ~」とめちゃくちゃ嫌がったのだった。それはもう、私が言うのを我慢していたことを登場した途端にそいつは全部言った。「もう弱ってるからムリだよ」「助かるんなら自力で這い上がれてるよ」「自然の摂理だよ」。それを「うーん、でもちょっと気になるな」と振り切って降りていく赤上着氏。やはりいつの間にか枝を手にしていて、彼氏のいるのと反対側へ回り込んでくれる。のび太くらいに鮮やかな水色のスニーカー。「ああ、きれいな靴やのに・・・」と彼氏。ぬかるんで沈んでしまうからではなくて、靴が汚れるから丸太の上にいたのか?先ほどからこの人のスタンスが全然わからない。赤上着氏が「ぼたん鍋にできるかな?」と冗談を言った時もヘヘッと笑い返していた。ふたりがかりだとすぐにイノシシは泥の中から落ち葉の上に移動させられて、でももう右側の足は伸びきって立たない。「怪我してますね」「もう目もおかしい」と赤上着氏が言うとようやく彼氏が「あかんか」と枝から手を離した。「ちょっと俺のカメラとってよ、動画とろうかな」とリュックのほうへ戻ってきた赤上着氏を「やめなよ、そこどんだけ高いと思ってんの」と言いつつ、「でも(スマホで)写真は撮ったら。撮っとかないとこういうこと忘れちゃうから」とサファリハット氏。「救出記念に」と笑いあう彼氏と赤上着氏。救出記念?

 

「ではお先に」と立ち去った2人を「どうもー」と見送る彼氏。私がなんとなく歩きだしづらくてまだ落ち葉の上でもがいているイノシシを見ていると、「あかんかったか~」と歩き出した。すぐにらくらく登山道コースへの分岐点にさしかかり、自分の足腰の弱さと一連の出来事で意気消沈してしまった私は山から出て舗装された道をゆく方を選んだ。寒さをしのぐために入ったらくらくセンターハウスには立派なクリスマスツリーが飾られていて、おじいさんがひとり新聞を読みながらコンビニ弁当を食べていた。

 

また瓢箪山駅へ戻り、うどん屋カレーうどんを食べ、駅前のキャンドゥでハギレを買い、電車に乗って一度私の部屋に戻った。16時ごろだったか。ハギレは当て布として補修に使うつもりだと売場で説明したが、部屋に戻ってもまだ「何つくるん」とピンと来ない様子の彼氏。やがて私はベッドに入って寝てしまった。普段あまり人前で寝ないので、消耗していたのだと思う。起きたら外が暗くなっていた。駅まで行き、別れ際にミスタードーナツで軽い夕食。サンラータン麺は売り切れだった。汁そばとポンデ黒糖、ホットコーヒーを注文。彼氏が紅茶を頼むとポットで出てきた。(紙カップでもマグカップでもなく)ポットやポットやと喜ぶ私に、「いつもはアイスやけどホット頼んだらポットで出てくるの知らんかったな」。その後もショーケースの前で注文するお客の様子を観察してはしゃぎまくり(ドーナツを買って帰ろうとする人々を見ることの何があんなに楽しいのだろう)、ふとスマホを持つ彼氏の手元を見ると小さい切り傷がたくさんついていた。あんなに細い枝で数十キロのイノシシを転がそうとしていたもんな。「これくらいの怪我はよくしてるから」と涼しい顔をしていた。