20240218-19

右手のひらのラップとマスキングテープをぴらぴらさせながらマンションから出て、ふと思い直して駅と反対方向のセブンイレブンに向かった。午前中は休む。そう決めてしまうとこんな杜撰な処置をした手で職場に行こうとしていたことが不思議に思える。絆創膏の買い置きはなく、昨晩はシャツの袖に血がついていてもう家から出たくなかった。背負っていた楽器ケースは玄関に置いたまま。調整に出したばかりの楽器がどうなっているかはまだ見ていない。

 

あとちょっとで家だったのにどうして、と思わなくもないが、転倒したのがマンションの真ん前で本当によかったという気持ちの方が大きい。アマオケの帰りの夜道、舗装の凹みに足をとられてバランスを崩した。地面が迫ってきてこれから転ぶことを悟った瞬間に「ああ〜」と情けない声が出た。身体を起こして後ろを振り返り、誰も見ていた人がいないことに安心してすぐ、楽器を持って立ち上がらなければいけないことに絶望した。親指から血がたくさん出て楽器ケースや定期券入れを汚した。衝撃でジーンと痺れていて、顔を怪我しているかもしれない。誰かとすれ違った時のためにマスクをする。マスクも血まみれだが、血まみれのマスクをした人になる方をとる。誰にも会わず、顔は無傷だった。眼鏡も無事。いつ触ったのか手の脂でレンズが汚れているのが気になった。

 

集団登校の列から走り出てきた男の子がはにかみながら私の横を通り過ぎて、お屋敷と言ってもいいような一軒家に戻っていく。ランドセルをしょった子が次々に歩道橋から降りてくる。駐車場は業務用トラック等で満車になっていて入口近くに作業服姿の人がいたが、今思い返すと店内にお客は少なかった。プライベートブランドの一番安い絆創膏を手にとる。他にニチバンのケアリーヴがあったが、キズパワーパッドのような湿潤療法に使うものや大判のものはなかった。ついでに何か買うものはないか棚を見ていると、秋口からずっと探していたチョコがけのかにぱんを見つけた。3つのうち2つ手にとって絆創膏とレジに持っていく。血で固まっている親指とラップの手のひらをかばいつつ支払い。迷わず袋に入れてもらう。

 

一旦家に戻って絆創膏を貼り、座卓の上に散らかったおりものシートやマスキングテープやラップや軟膏やハサミや血のついた古タオルを片付ける。利き手に怪我をすると出したものをしまうのがすごくおっくうに感じる。おりものシートはガーゼの代わりにしようとした。昨夜帰宅して部屋でしばし呆然とした後、気力を振り絞って風呂に入った。左手がほぼ無傷で助かった!泡で出るボディソープが便利!化粧落としも乳液もボディクリームもポンプタイプでよかった!左手と右手の4本の指の使い方がわかってくると頭も回るようになってくる。こういった時は早めに手を動かしたほうがよい。そうだ、ガーゼの代わりにおりものシートを使えばよい!と気分が上向きになったが風呂上がりに試すと全然うまくいかず手のひらの大きな傷にはメンソレータムを塗ってラップをして寝たのだった。外は雨だが溜まっていた洗濯もした。食べずにいた朝食も食べた。10時ごろにキズパワーパッドのようなものを求めてドラッグストアに出かけた。棚の上から下まで透明のパッドが並んでいる。サイズ、メーカーも様々。プライベートブランドのものをポイントで購入した。包丁が握れないので意識して加工食品を買っておく。

 

出社して事情を話すと、コンビで仕事をしているNさんが「私もそのくらいの歳に自転車でこけたよ。車止めが見えへんかってね。若い男の子が駆け寄ってくれたけど恥ずかしかったね。忘れへんねあれは。でもその後どんどんこけるようになって覚えてないね」と話してくれた。膝は変な色になってます、と説明した後「眼鏡も前歯もいかれたと思ったんやけど大丈夫でした」と言うと、「歳いくと首の反応が遅れて頭起こされへんなるからね、横向いてこけなあかん。それも間に合わへん時あるけどね」と空中でスライディングしてみせてくれた。