勤務中、フロアに30個ほどのおかきを配ってまわった。しょうゆ、海苔、金胡麻、ゆず胡椒、さくら海老。個包装の偏光パールが上品に光る。なかなかしゃれたおかきだ。できるだけ何も考えずに机に置いていく。味を選ばせてあげる先輩もいたが、ランダム方式。気に入らなければ後でトレードせえ。個数も適当。常設のお菓子ボックス(上長が飴やブルボンの個包装菓子を頻繁に補充していて、自由に食べていいことになっている)に余りをブチ込めるのがこのフロアの助かるところ。社外からのいただきものならまだしも、すぐそこに座って仕事をしている奴の持ってきた菓子折りを私が配る意味がわからない。こいつはガン患者だからというのと、あと給湯室のティッシュの補充をしているのを見かけたから配ってやることにした。手術のためにひと月ほど休んでいて、そのお詫びの菓子折りなのだ。7キロ痩せた、駅から会社まで歩いてくるのに1.5倍の時間がかかったと話していた。手術後に体力の衰えを感じ、復帰初日に腕時計を見ながら時間を計ったのかと思うとたまらない気持ちになる。治療を受けるのには気力や体力が必要で、一時的にでも失われるとこんなに弱ってしまうのだ。ただ、もとは嫌いな人間なので数日たった今はまた徐々に疎ましく思いはじめている。Nさんがフッと笑って「アホや」「ゆずやから甘いと思ったら辛い。ゆず胡椒っていう調味料の味を忘れてた」。派遣社員はお菓子配りを頼まれることがない。Nさんの更新時期がいつか知ったのは、つい先日の上長との面談でのことだった。
やがて退勤、桃谷へ。商店街側には始めて降りた。コメダもミスドもすき家も松屋もあって頼もしい。「鳴門屋」はライフのパンコーナーに卸しているパン屋ではないだろうか。2階がレストランになっていて立派な店構え。ポンデケージョが棒状だったので手に持ってかじりつきながらアーケードを歩いていると、ネパール料理屋がいくつもある。モモやチョウメンを出す居酒屋、食材屋など業態も様々。カレー屋と書いた旗を立てている店からはマイクで増幅された歌声が聞こえてきたが、カラオケのオケ部分は無音。路地を抜けて「読んでいない本について堂々と語る会」会場着。まだ知らない人に「お疲れ様です」と出迎えていただく。そして5人で読んでいない本を披露しあった。お店のスタッフも仕込みをしつつバーカウンターの内側から参加されていた。どういったきっかけで手に取るか。プロジェクトに関連する情報を求めて。表紙の言葉に惹かれて。好きな作家の好きな作家に興味があって。岩波の緑色の新書の古本を買っちゃう大学生になりたくて。どこで買うか。Amazon。新刊書店。大学の近くの古本屋。旅先の個人書店。参与観察や学術書を持ってきた方が本の値上がりの話の中で「メルカリとかも使っちゃいます」と言われていた。類似の企画をちらほら見かけるが、こんなにいきなり込み入った話が聞ける切り口だったのか。場の雰囲気がよかったからでもある。終了後その場の本を読む流れになり、やはり読書する人の姿はいいなと思いながら砂肝と軟骨のカレーを食べた。