20240221

ドトールがさくら祭りの垂れ幕をかけている。さくらラテ、さくらバウム、さくらどら焼、さくらミルクレープ。毎年、まだ寒いのにもうそんな季節か、という気持ちで目にしていたが今年は「でしょうね」のような感想になる。今日のぬるいような冷たいような雨ふり、そのくせ花粉が飛んでいる、電車内の淀んだ空気、安定しない気圧は毎年のこと。先週、卒業式どころか入学式かというような暖気がやってきたことで「でしょうね」となった。急に気温が上がって頭が痛かった。

長谷川あかりさんのレシピはかなり好みなのに、ツイートを読むのが苦しいという状況にある。ESSEオンラインでは「食べ疲れないのにちょっぴりおしゃれで自己肯定感の上がる“新しい家庭料理”のレシピを発信している」と紹介されている。自分がそのようなレシピを求めているという事実。興味を持って、つくって、食べて、満たされたという実感があるだけにこうして言語化されると絶対に認めたくないという厄介な自意識がムクムクとわいてきて身動きがとれない。「お守りレシピ」「いたわりごはん」。自分の考案したレシピを「絶品」「驚くほどおいしい…!」「抜群のおいしさ」「極上のおいしさ」と書くこと。つくっておいしかったレシピを「天才」「鬼リピ」と讃えること。何がそんなに気に入らないのか。

ツイッターアカウント「ひこねのりおのHANSUU」より

“かつて受験シーズンにカールは『ウカール』
という駄洒落&験担ぎをしておりました。
「カールをたべれば」ではなく
「カールをたべてがんばれば」だったり
「うか〜る」ではなく
「うか〜るかも?!」にしたり
さりげなく表現に気を使うおじさん達です。”

すごくホッとするツイート。誇張表現をしないという気づかいがもっと大切にされてほしい。