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電車に乗って1時間経つのにまだ県内から出られない。近鉄八木駅で特急列車に抜かされている間、車内でリュックから無印の紅茶バウムを取り出して噛った。名古屋行き近鉄特急のチケットは売り切れで買えなかった。京都なり新大阪まで出て新幹線に乗れば圧倒的に早いが、そうしなかった。乗客はまばら。バスケや卓球のユニフォームを着た人の足元はシャワーサンダル。靴は鞄の中。スケートボードを抱えて寝ている金髪の女性の足元もビーチサンダルだった。

ドアが開く度に外の気温が上がっていく。山に抱かれたような駅のホームは完全に山の中の濃い緑の匂いがした。

11時半、名古屋着。近鉄の商業施設パッセに入る。なんて客層の若いビルだ。プリクラコーナーを尻目にまっすぐ宇宙百貨を目指した。もう実店舗はここにしかない。チャイナポップの流れる店内、色とりどりのトンチキな雑貨。この歳になっても、ここでしか回復できないエネルギーがある。中高生の時分、ナルミヤの服にもマーガレットコミックスにも興味が持てなくて、プリクラが嫌いで、このまま追いかけ続けてもaikoがラブソングしか作らないことに気づいてしまって八方塞がりだった。天王寺ミオの中で宇宙百貨にいると、お小遣いで買ってもいいかなと思える商品に出会えるのだった。たとえ使用用途が不明だとしても。でもこの日は何も買わなかった。買って終わりにするのは違う気がした、というのは感情のあと付けだろうか。

地下鉄東山線に乗り、新栄駅で降りた。目星をつけていたカレー屋「チェケレ」へ。餃子の王将の赤い看板の横に小さな青い看板、その下にしましまのテントが突き出ていて、その下に青いドアがついている。ドアの向こうは2階への階段。今年できたお店らしく、青色がまぶしい。自然光が入って明るい店内。ドアノブやランプまでかわいい内装。お冷はセルフで、普通の水とピンクウォーター(なんかハーブの色らしいけど味はあまりしない)が半分半分になったタンクが置いてある。レモンライスプレートを注文。カレーもダルにして菜食に振り切ったかと思わせてチキン65?みたいな名前のフライドチキンをつけた。プレート全体が好みだが、今まで食べた中でいうとレモンライスとパパドが最高だった。何もかけなくても薫り高いレモンライス、薄く大きく香ばしいパパド。メニューの字多めなのも活字中毒ひとり客には嬉しい。

チェケレを出て栄へ向かって歩いていると、「住職のレコードを聴く会」のポスターを掲げた寺の前を通りがかった。小さな子連れの父親が「もう12回になるのか」「このへんライブハウスとかクラブ多いよね」と母親に話しかけ、「無理や、億レベルや(笑)」と笑っていた。母親が、誰かビックスターを新栄に呼ぼうという冗談を言ったらしい。チェケレにもDJと思しきグループ客がいて、レジ裏に大きな荷物を預けていた。

13時、愛知芸術文化センター着。13時半からここのコンサートホールで友人の出演するアマオケ定期演奏会。たった地下鉄ひと駅分、でも凶暴な日差しと長大な横断歩道で疲れた。もう入場して客席に座ってしまいたい。しかし友人への差し入れをどこで買うか。センター内の美術館のミュージアムショップに小洒落たお菓子があるのではないか。エレベーターに乗って最上階へ。もぎりスタッフはまだ先、でも恐る恐るチケットブースをスルーして入口そばのミュージアムショップに入店。狙い通りシャチホコ琥珀糖やおかきが並んでいた。その中から吹き寄せをセレクト。レジ横であいちトリエンナーレ2019のピンバッヂが140円くらいで投げ売りされていたので買った。前回名古屋に来たのはこの時。アマオケの演奏会が始まって終わった。ステージ上の友人は少し小さく見えた。お疲れ様。

またエレベーターに乗って愛知県美術館「幻の愛知県博物館」展へ。七五調?のような、パッと目に入るキャプションがよかった。縦書きの大きな文字。コレクション展は小部屋ごとにテーマがいくつもあって盛りだくさんだった。最後にプラスキューブという展示室で見た、身体とメディアについてのリサーチ映像の印象が強すぎた。三島由紀夫がペラペラと英語を話している場面もあったが、終盤でサッカーやラグビーの試合中のストリーキング客乱入映像大連発。先客の私達が神妙な面持ちで展開を見守っているところへカーテンをめくって展示室に入ってきたおじさん。裸でグラウンドを走り回る姿をNG集を見るように眺めてハハハと無邪気に笑って、すぐに出ていった。 

センターを出て、愛知県立芸術大学のサテライトギャラリーへ向かった。ラルフ・フリッツ・ベアガー「名古屋方面は7路線」展。ハアハアという呼吸音が大音量で響く。この場で行われたパフォーマンスの記録写真も展示されている。A4のコピー用紙を大量に用意し、壁のように設置。自分はその後ろに部屋の角を背にして立つ。紙を手に取ってクシャクシャに丸めて後ろへポイ。また手に取ってクシャクシャ、ポイ。これを自分が埋まるまで続ける。シンプルだが印象に残るパフォーマンスだ。続く小部屋を覗くとまた記録写真が展示されていて、こちらはデジタルフォトフレームでコマ送りのように見る。隣の建物との間の極小中庭で、丸椅子に座って足元の風船を口で膨らませては後ろへポイ。これを自分が埋まるまで続ける。聞こえている呼吸音はこの時のもの。ポイしている時の写真がツボにはまってマスクの下で声を出さずに笑った。ギャラリーを出る。バブリーなエレベーターホールだ。

このビルにはバインミー屋が入っていて、そこで休憩した。ガラス越しに、カウンターで海外にルーツがあると思われる人が寛いでいるのが見える。スタッフの女性の真顔接客に若干怯える。いいぞもっとやれという立場をとっているはずなのに、いざ接客されると抵抗がある。やりとりを進めるうちに落ち着いた。メニューの一番上にあったものをパッと選んで注文すると、肉は鶏ハムでパクチーが入っていなかった。トッピング方式だったようだ。次来たら豚肉のニョクマム漬けにして目玉焼きもパクチーもトッピングしたい。酷暑の一日を過ごした身体にタマリンドジュースが染みわたる。 

19時前、また新栄へ。Manila Books & Giftを訪ねる。このショップのZINEは写真集やイラスト集がメインで、私が普段手にとるような読み物は少ない。お店の方がリソグラフの話、というかアメリカのTinySplendorというリソスタジオがいかに優れた技術を持っているかという話をずっとしてくれた。作家や作品についての話もしてくれるが、話の行き先はそこ。リソグラフ印刷のステッカー、というどこにも貼れないジレンマを抱えたステッカーという存在が面白いし、図案も可愛かったがその印刷はよそが手掛けたので同じ作家のものでもイマイチだという。正直その差がよくわからないが、ステッカーはやめて作品集を買った。これからわかるようになるかもしれない。店を出て時計を見ると20時になっていた。旅先の勢いで入れるお店があり、話せることがある。